●主祭神の由来

  当教会の祭神「天光美大権現(あまこうみだいごんげん)」の中心の神、「天光美命(あまこうみのみこと)」は、宇宙・自然の法則・真理を指す神で、神仏一致和合して世界を救う為、昭和45年5月1日、丹後国天橋立に天下り、その後昭和59年出羽国米沢の地に遷り、他の神仏と合祀し、天光美大権現として鎮座しました。
さらに平成8年には弁財天を合祀し、現在に至っています。

●特色と考え方

 

私共では神と仏は一体で、切り離すことが出来ないものであると考えています。
このようなことを云いますと、今までの日本の歴史を振り返ってもそうであったのでは?と考えられるかもしれませんが、今までは「神が主で仏は従」か「仏が主で神は従」という関係で成り立っていましたので、私共のような考え方はなかったのです。

また、「神」という言葉自体もあいまいなものです。
私達が普通考える「神」は、たいてい宇宙を創り、自然を創り、私達を創った存在としてとらえて居るのではないでしょうか?
こうした考え方は、わが国にとってキリスト教の影響が大であろうと思います。
これに対して神社神道での神のとらえ方は、創造する存在としてでは無く、創造された世界に生まれ出たものとしてとらえております。

例えば、私達がこの世に生まれて来る時、この世は存在していますね。
そして、そうした中に生まれて来ます。このように、創造された世界に生まれた存在を神ととらえています。
このことは、仏教においても同様にとらえていると言ってさしつかえないでしょう。

それでは、神と仏はどのように違うのでしょうか?

神はあらゆるものを生み出し、育てる働き(産霊)をあらわしたものです。
これに対して仏はこの世の在りようは、いかにあるべきか? を問うたものでありましょう。
生々化育の働き、それはそれで貴重なものですが、ともすると悪い方に働いてしまいますし、この世の在り様は、自発的な創造性に欠けるきらいがあります。各々では、片手落ちと云わざるをえません。
そのような意味で神仏は、一体であるべきだと主張している訳です。


 
◆行と日常の生活の仕方

 
 行とは行くと書きますが、何処にいくのでしょう?
 仏教では、仏に成りに行くことです。
 神道では、神人一致の境地に達することでしょう。
 私共では、その2つの境涯を得ることを言います。

 その為には、どうするのか?
 (1)教本を言あげし、日々神向きに生活すること。
 (2)神示を受け、より神に叶う生活を為すこと。
 (3)適宜に神意を聞き、自分の向上をはかること。
 (4)時に応じて、行を積むこと。